『貨幣理論と景気循環 価格と生産』F.A.ハイエク
貨幣理論と景気循環/価格と生産 ハイエク全集1-1 【新版】
- 作者: ハイエク,古賀勝次郎,谷口洋志,佐野晋一,嶋中雄二,川俣雅弘
- 出版社/メーカー: 春秋社
- 発売日: 2008/07/01
- メディア: 単行本
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「強制的な信用拡大によって不況に対処することは、その災害をもたらしたまさに同じ手段によってそれを治療しようとすることである。」
「われわれが人為的な管理によって影響を与えようと試みている諸力について、実際にはほとんどなにも知っていないということである。」
彼のやり方を観ていこう。彼の言う、景気循環論とは?
好景気、不況などは、価格均衡の不調和状態と換言できる。「均衡理論」における均衡が、破れている事態、美しい均衡ではなく、不正常な状態。
「各生産部門のあいだに経験的に確認される均衡の攪乱を出発点とする景気循環論」(在庫調整とか、そんなのか、シュンペーター流?)は、均衡破綻の原因を、均衡論の内部に求めている。ハイエクは均衡論のメタレベルに立つ。それが貨幣的景気循環論だ。
均衡理論の説明するものは、「価格形成とそれが生産の方向と量に及ぼす影響」。価格は数学的に理解可能な形で、公正に、構造として決まってくる、収束する。という考え方、世界観のことだ。
均衡理論は、閉じた静態的システムにおける均衡。その系、システムが時間に貫かれ、動態化すると、景気循環が生じる。それを説明する統御原理が、貨幣であり、利子率である。
要は利子率だ。
利子とは何か?
「今日あるすべての理論は、利子の機能を資本供給とさまざまな生産部門に生じるその需要をひとしくさせることにあるとみなしている点で一致している。」
「価格形成にこのような壊乱を発生させるのは、まさしく信用の価格である利子の動き」
「貨幣量の変化はいわば一方的な影響を及ぼすのであって」
経済学がフシギなのは、存在しないもの、事後的に見出される、事後的に収束される、「均衡」、「自然利子率」といった虚解、存在しない理想解を見出すことだ。
一番面白かったのは、信用創造だ。銀行家は大いに学んだろう。デビッドも学んだようだが、知ってたことが、整理できたぐらいだろう。
信用創造は、「どこで、起こるのか?」。銀行間システムで起こる。ここが、一番の発見。
中央銀行を中枢とした、銀行システムの、帳簿の中で。ブックキーピング、記帳、データ入力の中で起こる。銀行システムの、帳簿の数字、データは総体で増加する。現金が「実際どこにあるか、は問題ではない。」データとしてある。
<その他、とりとめなく>
市場の経済学、とは古典派、均衡理論か。まあ、静態系。まあ、イデオロギー。つまらん。
で、ケインズ経済学もまた、市場をフィールドにしてるのだろうか。
ハイエクは市場より、貨幣の、銀行システムを問題にする。その信用創造を。銀行というアイデアは、チューリングやノイマンの頭に現勢化しつつあったコンピューターのように、システムのアイデアだ。銀行システムの中で、貨幣は増殖する。
ハイエクは貨幣を時間化された動態システムを貫く原理とした。市場という閉じたシステムを貫く。利子率とは、貨幣の増殖率。
で、今日的な問題とは?なんだい?Mr.オバマ?
貨幣を操作する。やたら刷ってみるという、社会実験。が、今の問題。マネタリズムとハイエクの対立と差異については、他のヒント本がないと、ワカランが。
貨幣への過度の介入と操作、そして破壊が起こる。システムの自壊。
貨幣と、それを収納する銀行システムを、いじくりまくって、壊したと。次のシステム、まあ分散型?、まだワカンね。
覆水盆に帰らずと。